すれ違い

10年ほど前、僕が専門学校に通っている時、土日は広島1の飲み繁華街にあったカラオケ屋でバイトをしていた。飲み屋や風俗屋が乱立していた場所ではあったがごく普通のカラオケ屋だった。当時は通信カラオケが普及しだした頃で、繁盛していたように思う。

一緒に働く人達は比較的若く、僕が一番若かった。大学生、フリーター、そういう人達が殆どだった。音楽をやってる人、レースクイーンをやってる人、とりあえず働いてる人、色々だった。客もいろいろだった。昼間から酒を持ち込んでコンパする高校生、店の前にいきなり車を止めて「警察がきたら動かしてくれ」と言って部屋に入るカップル、練習のためにテープ持ち込みで一人で入るオバサン・・・それまでかなり平凡な人生を送ってきた身としてはカラオケのバイトはそれなりに刺激的だった。

僕は大抵開店から夕方までのシフトが多かったのだが、いつも一緒に仕事をする女性がいた。僕並みの背丈で、いつもきつめの香水をつけていた。僕より7,8歳くらい年上だった。何も考えずにバイトの面接を受けて、ただだらだらと続けているフリーターだったと思う。

いつもたわいのない話をしていた。今の客は部屋を荒らしそう、だとか、店の前の食べ物屋の店員がかっこいいだとか、大して覚えていないような話ばかりだった。同じ時間帯に入る3,4歳年上の女性2人と、いつもだべってばかりだった。

「早く結婚したい」という話はよく覚えている。相手もおらんのにどうやって結婚するんよ、他の女性が言った。「それが夢なんよ」と彼女は言った。とりあえずそのきつめの香水を何とかしない限り結婚は無理なんじゃないかと思った。もちろん面と向かって言えなかった。

僕は就職を機に辞めたのだが、他の3人はその後店を続けていた。しかし気がつけば店そのものが無くなってしまい、3人の行方は知らない。僕のバイト最後の日、3人は就職祝いにタイピンをくれた。金属疲労でタイピンが折れるまで使った。




今日の朝、10年ぶりにあの時の女性と町中ですれ違った。僕は気付いたが、向こうは僕に気付かなかった。あの時と同じ香水の臭いがした。